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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)1008号 判決 1957年3月20日

控訴人 東洋整練株式会社取締役社長こと辻勇蔵

被控訴人 大映野球株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人訴訟代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、控訴人訴訟代理人において「一、本件契約当時東洋整練株式会社は未だ設立されていなかつたけれども、設立準備中であり、控訴人辻勇蔵はその発起人の一人であつた。そして本件契約に基ずく野球試合は、右会社設立後の経営発展並びに宣伝のためなされたのであつて、右契約は控訴人辻勇蔵が発起人代表(名義上は取締役社長)として被控訴人との間に締結したものと謂うべく、会社はその後昭和三十年九月十二日設立されるに至つたから、前記契約上の債務は設立後の会社に帰属すべく、控訴人個人が負担すべき謂われはない。二、民法第百十七条の規定は実在しない法人の代表者として他人との間に締結した法律行為につき類推適用せらるべきでない。三、仮りに控訴人個人が本件契約上の債務を負担するとしても、被控訴人が本訴で請求している東京桐生間の往復旅費中の三万円は、支払済である。」と述べ、被控訴人訴訟代理人において「一、東洋整練株式会社が昭和三十年九月十二日に至つて設立登記せられたことは認めるが、元来発起人が会社設立手続中にした行為によつて生じた権利義務であつて、会社設立により当然会社に帰属するものは、会社設立に必要な行為によつて生じたものに限られると解すべきところ、本件契約は控訴人も主張する如く、会社設立後の経営発展や宣伝のためなされた営業の準備的行為であつて、前叙の場合に該当せず、これに因つて生じた権利義務は、会社の成立に伴い同会社に帰属する謂れなく、控訴人は個人としてその責に任ずべきものである。二、控訴人主張の東京桐生間の往復旅費中三万円の支払の事実は、これを否認する。」と述べた外は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

証拠として、被控訴人訴訟代理人は、甲第一号証、第二ないし第五号証の各一、二、第六、第七号証を提出し、原審証人池上昌輝同小林次男の各証言を援用し、乙第一号証の成立を認め、控訴人訴訟代理人は、乙第一号証を提出し、原審証人高野亀之助、当審証人稲辺佑治、同下山俊己、同高野亀之助の各証言並びに原審及び当審における控訴人辻勇蔵本人尋問の結果を援用し、甲第一及び第六号証中東洋整練株式会社の社名ゴム印、会社印の各印影が、当時事実上発足していた同会社の印として使用せられていたものを押捺して顕出せられたものであることは、認めるが、右は権限のない者によつて冒用せられたものである、辻勇蔵名下の印影の成立は否認する、その余の部分の成立は不知、甲第二号証の一中郵便局作成部分の成立を認めるが、その余の部分及び同号証の二並びに甲第七号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認めると述べた。

理由

被控訴人が野球競技の興行等を行うことを目的とする株式会社である事実並びに東洋整練株式会社が昭和三十年三月当時においては未だ設立されておらず、同年九月十二日に至つてその設立登記を了した事実は、当事者間に争がない。

次に右争のない事実と、原審証人小林次男、同池井昌輝、原審及び当審証人高野亀之助の各証言(ただし右高野の原審証言中後記認定に反する部分を除く)、並びに原審及び当審における控訴人辻勇蔵本人尋問の結果の一部(後記認定に反する部分を除く)、成立に争のない乙第一号証、前顕小林の原審証言及び同高野の当審証言により全部真正に成立したと認められる甲第一号証を総合するときは、次の各事実即ち(一)控訴人辻勇蔵及び高野亀之助等は、かねて各種織物の整練売買その他右に付帯する一切の業務を営むことを目的とする東洋整練株式会社の設立を計画発起していたが、未だその設立手続未了で設立の登記をしていない昭和三十年一月頃から、控訴人は同会社の代表取締役と称して会社名義で事実上営業をしていた折柄、偶々高野亀之助の子息が野球選手として大映スターズに入団したことや、将来成立すべき前記会社の宣伝にもなるというので、高野亀之助は右球団を招聘して、右東洋整練株式会社の主催で桐生市で野球競技を開催すべく企図し、これを控訴人に諮つたところ、控訴人もこれに賛し、これが実施のため前記会社名義を以てする被控訴会社との交渉一切を右高野に一任したこと、(二)前示の如く東洋整練株式会社は未だ法的には成立していなかつたのであるが、這般の事情を知る由もない被控訴会社においては、当時既に右会社は存在し、控訴人がその代表取締役であると信じ、控訴人から前記会社代表名義で契約締結の権限を委任されていた高野と交渉の末、昭和三十年三月十二日前記東洋整練株式会社代表取締役としての辻勇蔵(控訴人)との間に、被控訴人主張のような内容の野球試合実施に関する契約を締結したこと。(三)右契約に基ずき同年三月二十一日、被控訴会社は桐生市において、大映スターズ球団とトンボユニオンズ球団との間で野球試合を実施したのであるが、右野球競技に際し、前記東洋整練株式会社主催名義のポスター等の配布宣伝があつたのみならず、控訴人自身も右競技場で主催者側を代表して挨拶するなど、控訴人において前示契約締結に関する経過事実をすべて了知していたことを、推認するに足る諸般の情況を認めることができる。証人高野亀之助の原審における証言中、控訴人が前示契約の締結について何等関知しなかつたとの趣旨の供述については、同証人も当審においてこれを飜えし、前示認定に副う供述をしているのみならず、この点に関する原審及び当審における控訴人本人尋問の結果は輙すく採用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

控訴人は前示契約締結当時東洋整練株式会社は設立準備中で、控訴人もその発起人団体の一員であり、将来設立せられるべき会社の経営発展と宣伝のため、その代表として被控訴人との間に前示契約を締結したのであるから、その後昭和三十年九月十二日その設立登記を了し、会社が成立するに至つた以上、前示契約上の債務は会社に帰属すべきものであると主張する。

思うに、株式会社設立準備中の発起人が、設立中の会社の執行機関として、その資格において、かつその権限の範囲においてなした行為から生ずる権利義務は、後に成立すべき設立後の会社に当然帰属するとの法理は、一般的にはこれを是認することができるけれども、その権限の範囲は厳に会社を成立させるために必要な行為に限ると解すべきものである。そして発起人として会社を成立せしめるために必要な行為とは、株主を募集し(商法第一七四条)、株式の割当をなし(商法第一七六条)、その他法に直接の規定あるものの外、これらと密接不可分の関連に立つ行為をも包含すると解すべきではあるが、本件契約が一面設立せられるべき会社の経営発展ないし宣伝のため、発起人たる控訴人がその代表資格において締結したものとしても、それは所謂設立せらるべき会社の開業準備行為に属し、到底会社設立に必要な行為と目すべからざること多言を要しないところである。従つてかかる行為によつて生じた権利義務が、設立後の前示会社に当然帰属する謂われなく、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

しからば前示契約に基ずく法律効果は、直接控訴人個人について生ずべきものと解すべきかについて考究するに、前段認定事実に照らし考えてみると、被控訴会社は前示契約締結に際し、東洋整練株式会社なるものが既に存在し、控訴人がその代表取締役としての権限を有するものと信じ、且つかく信ずるにつき過失の責むべきものがなかつたこと明らかであるところ、右会社は実際には存在しなかつたのであるから代表せられる本人に該当すべき者なく、厳格にいえば右存在しない会社の代表者として被控訴人と契約をした控訴人は、民法に所謂無権代理人にあたらないけれども、恰かも無権代理の場合と相類似するから、代理に関する民法第百十七条第一項の法意を類推適用し、相手方の選択に従い右契約の履行の責に任ずべきものと解するを相当とする。

そこで前示(二)において認定した契約の内容(前顕甲第一号証参照)及び原審証人小林次男、同池井昌輝、原審及び当審証人高野亀之助の各証言並びに右小林及び高野の証言により成立を認め得る甲第六号証を総合するときは、被控訴人が訴求する前示野球競技出場報酬金十五万円、右試合実施に伴い要した費用として、選手係員等の東京桐生間バス利用による往復旅費三万四千円、及び試合当日使用球の実費金四千二百円、右合計十八万八千二百円は、控訴人において前示契約にもとずきその支払の責に任ずべきものであることを、認めることができる。

控訴人は右バス利用による往復旅費中金三万円は、既に高野において支払済であると抗弁し、原審及び当審証人高野亀之助の証言中にはこれに照応する供述はあるけれども、この点に関する前顕小林次男の証言と対比して考うれば、他に右支払の事実を肯認するに足る確証のない本件においては、右高野証人のかかる供述あるの一事を以てしては、到底右抗弁を採用することはできない。

してみると控訴人に対し前示金十八万八千二百円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和三十年八月三十一日以降完済まで商法所定の年六分の率による遅延損害金の支払を求める被控訴人の本訴請求は、正当としてこれを認容すべく、これと同趣旨に出でた原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 斉藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

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